日経デジタルソリューションセミナー

M&Aの買収プレミアムの最近の動向

〜買収価格の算定根拠に関する開示強化の影響と実務のポイント〜

早稲田大学 大学院経営管理研究科
(早稲田大学ビジネススクール)教授

鈴木一功氏


1986年東京大学卒。都市銀行に入行後、デリバティブ業務、M&A部門のチーフアナリスト、企業価値評価モデルの開発等を担当。中央大学大学院教授を経て、2012年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、本年4月より現職。欧州経営大学院MBA取得、ロンドン大学金融経済学博士。

買収価格算定に求められる数値とは

M&A(合併・買収)は企業株式の売買をともなうことが多く、買収対価の妥当性が買収の成否自体を左右します。このため株主への説明責任を負う経営者にとっては、買収価格決定のプロセスそのものが極めて重要です。一方で、被買収企業の少数株主にとっては、買収側の企業が正当な対価を支払っているかが関心事です。こうした点をふまえて、2013年7月には東京証券取引所がMBO(経営陣による買収)、支配株主によるTOB(株式公開買付)、支配株主との間での組織再編を行う場合(以上、まとめて「MBO等取引」と呼びます)には、被買収企業が買付価格算定の根拠を「公開買付意見書」で示すことを義務づけました。近年は、この開示強化の影響が出てきています。

一般に買収価格の算定方法には、市場株価法、類似会社比較法、DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法の3種があり、東証による追加開示要求においては、それぞれの手法について、公開買付意見書内でどのような内容を開示すべきかについて、詳細なガイドラインが示されました。強化後15年末までに提出された開示強化対象となったMBO等取引29件の意見書のうち、市場株価法とDCF法は全29社が採用しており、類似企業比較法を併用したケースもも14件ありました。新興市場では上場している類似企業を探すことが難しいため、市場株価法とDCF法のみを使用しているケースが多いです。

東証が、意見書内の買収価格各種算定各種手法について、どのような内容を開示すべきとしたかをより詳細に説明しましょう。市場株価法では、算定基準日と計算対象期間、および算定基準日が算定書作成日当日またはその前営業日でない場合の基準日の設定理由、終値単純平均か加重平均かといった計算方法、その他特殊な前提条件がある場合の内容などを開示義務としています。具体的には、算定基準日前日終値に加え、過去1カ月、3カ月、6カ月の出来高加重平均値から株価範囲を割り出すことが行われます。

一方、算定方法の柱ともいえるDCF法で東証が求めているのは、将来の財務予測の具体的な数値(売上高、営業利益、フリーキャッシュフロー等)です。予測の根拠や予測がM&Aを前提としたものか否かも問われています。また、予測キャッシュフローを現在価値に割引く際に、用いた割引率(資本コスト)や永久成長率の数値を具体的に示すことも求めています。

買収プレミアムは、12年頃に最高水準を記録した後、近年低下傾向

ここで、より幅広くTOB全体について、通常の市場株価(M&A発表の2カ月前)とTOBの買付価格との差である買収プレミアムのトレンドを確認しておきましょう。07年以降の実際のTOB事例(484件)の買収プレミアムをみると、07年以降12年まで40%超と高水準で推移していたものの、13年以降は低下傾向にあり14年は20%前後まで低下しています。英米では平均すると40〜50%が通常であり、現在の日本はそれを割り込んできているといえます。

DCFの割引率は5%前後での設定が通常
~日経バリューサーチで算出可能

DCF法の買収プレミアムの算定では、将来の現金を現在の価値に割り引く割引率(WACC=加重平均資本コスト)を使用します。資本資産価格モデル(CAPM)で算出した割引率は、現在5%前後が理論値です。日経バリューサーチにはDCF法で企業価値を算出する機能があり、同様に5%程度の数字が設定されています。日経バリューサーチの企業価値算出は簡便に使える便利な機能です。一方で、先程紹介したMBO取引等において開示された意見書内で用いられていた割引率は、平均および中央値が7%程度と理論値より高いです。意見書を提出しているのは被買収企業のため、割引率を高めに設定することでDCF法による理論株価を低めに算定し、被買収企業の株主に対して、買収プレミアムが妥当である(自社のDCF法による株価に対して買付価格は遜色ない)ということをアピールしたいという心理が働いている可能性があります。

開示強化の意図と現状の乖離

規制強化の目的は、特に被買収企業の少数株主と経営陣の間に利益相反の懸念があるMBO等の取引において、少数株主が妥当な買収プレミアムを支払ってもらうことにあったと推測されますが、上記で見たように実態では規制強化後にプレミアムが下がっています。一方で、MBO等取引自体が、TOB全体に占める割合は、規制強化後に低下傾向にあり、規制強化によってMBO取引がやりにくくなったという側面もあるのかもしれません。なお、TOBの買収プレミアムは、株高の時にはプレミアムは乗せにくく、株安の時には乗せやすいという傾向がありますので、13年以降の急速な株価上昇も、プレミアム幅の減少に影響したと考えられます。その意味では、現状のように株価水準が切り下がってくると、今後プレミアムが再度上昇する可能性は否定できないと思います。

(早稲田大学ビジネススクール 教授 鈴木一功氏)

この講演録は、2016年7月20日に行われた鈴木一功氏による「M&A買収プレミアムの最近の傾向」の抄録です。
セミナー当日の情報はこちらをご覧ください。

 
早稲田大学 大学院経営管理研究科
(早稲田大学ビジネススクール)教授

鈴木一功氏


1986年東京大学卒。都市銀行に入行後、デリバティブ業務、M&A部門のチーフアナリスト、企業価値評価モデルの開発等を担当。中央大学大学院教授を経て、2012年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、本年4月より現職。欧州経営大学院MBA取得、ロンドン大学金融経済学博士。

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この講演録は、2016年7月20日に行われた鈴木一功氏による「M&A買収プレミアムの最近の傾向」の抄録です。
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