世界的に競争が激しくなり、企業は変革を迫られています。従来の延長線上での経営・事業展開に危機感を抱いている方も多いのではないでしょうか。
幅広い業界で「デジタル化」が進み、あらゆるモノがネットにつながるIoT、人工知能(AI)、ブロックチェーン(分散型台帳)など新しいテクノロジーもどんどん浸透しています。ネットのない生活は想像できず、携帯電話はスマホが主流になりました。
次々に現れる「ディスラプター(破壊者)」
今までになかった新しい価値を生み出す「ディスラプター(破壊者)」とよばれる企業が現れています。民泊仲介の米エアビーアンドビー、米配車サービス大手のウーバーテクノロジーズなどのディスラプターは、世界的に大きな注目を集めています。両社が狙ったホテル業界やタクシー業界は、ディスラプターが登場するとは考えてもいなかったことでしょう。関係のなさそうな業界から突然、登場し、大きなシェアを獲得していくわけです。
米シェアオフィス大手の「ウィーワーク」を運営するウィーカンパニーもディスラプターのひとつです。ウィーワークは商業不動産分野で大きな話題になっており、手持ちの現金が少ない起業家向けに短期リースのオフィススペースを提供しています。日本経済新聞によると、9月にも米株式市場に上場する見通しで、新規株式公開(IPO)時の資金調達額は数十億ドル(数千億円)規模になりそうです。2019年のこれまでのIPOで最大の資金を調達したのはウーバーテクノロジーズ(約81億ドル、8700億円)だったので、ウィーカンパニーはウーバーなどに次ぐ大型上場になる可能性があります。
アマゾンやグーグルなどとの戦い方を探った『対デジタル・ディスラプター戦略 既存企業の戦い方』(マイケル・ウェイド、他)という本があります。この本によると、ディスラプターから生き残るためには以下の4つの戦略が重要だそうです。
- (1)収穫 ― 破壊された事業から最大限の価値を引き出すこと
- (2)撤退 ― ニッチな既存市場に逃げ込むこと
- (3)破壊 ― デジタルを用いて新たなバリューを創出すること
- (4)拠点 ― バリューベイカンシー(価値の空白地帯)をできるだけ長期間押さえること
(1)と(2)が防衛的戦略、(3)と(4)が攻撃的戦略と位置づけられています。
企業経営者にとって、とても厳しい局面であることが分かります。この4つをバランス良く経営することは重要だとしても、正解を記したテキストがあるわけではありません。それぞれの業界や企業固有の事情に合わせて、自分たちの正解を見付けなければなりません。
価値を生む側か? 破壊される側か?
鍵を握るバックキャスティング思考
新しい時代を乗り切るにはどうしたらいいのでしょうか。多くの専門家が指摘するのは、既存の目線や今までのやり方を起点に考えると、どうしても「その延長線上で考えてしまう」ということです。現在の延長線上に10年後、20年後のビジネスはありません。
オムロンの安藤聡取締役は「フォアキャスティング(forecasting)ではなく、バックキャスティング(backcasting)が必要だ」と指摘しています。
バックキャスティングとは未来を起点として、そこから逆算して「いま何をすべきか」を考えることです。過去から現在までの延長線上で何をやるかではなく、10年後、30年後にどういう世の中にしたいか、その中で自社がどういう企業でありたいか、などを考えたうえでバックして「いま何をしたらいいのか」を組み立てるアプローチだと言ってもいいでしょう。
このバックキャスティングは、金融界でも広がりつつあります。みずほフィナンシャルグループの坂井辰史社長は、6月4日付の日本経済新聞で、経営計画の期間を従来の3年から5年とした理由について「デジタル化と少子高齢化で時代は一気に変わる。(将来から逆算する)バックキャスティングで考えるために5年とした」と話しています。
バックキャスティングしてみよう
自社の戦略を検討する上でのバックキャスティングは、以下のステップで実施することになるでしょう。
- ステップ1 ― 自社のコアバリューを捉える
- ステップ2 ― 将来の目指すべき姿を定義
- ステップ3 ― 今何をすべきか戦略を検討
コアバリューを定義する上でも、目指すべき姿を定義する上でも、外部環境のとらえ方が異なると議論がかみ合いません。例えば、自動運転技術が5年後に実用化されると見ている人と10年後に実用化されると見ている人が「今何をすべきか?」を議論してもかみ合わないでしょう。したがって、外部環境を客観的に捉えることがスタート地点になります。
ただし、闇雲に自社を取り巻く情報を収集することはコストが増えるだけで、付加価値を生みません。情報を集めて、レポーティングすることが目的化しないよう、例えば、PEST分析や5フォース分析といった戦略立案のためのフレームワークを使い、客観的に自社を取り巻く外部環境を見極めることをおすすめします。
PESTとは?
Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の頭文字をとったものです。
「政治」は法律、政治、外交など、「経済」は景気動向、成長率など、「社会」は人口動態、文化・流行など、「技術」は技術革新の進み方などのマクロ環境を把握し、どれが、どの程度、自社に影響するかを分析し、中長期的な経営戦略を決定していきます。
人口統計を見ると、今から10年後の日本の姿はある程度推測できます。2025年に団塊世代が全員後期高齢者になり、医療・介護費用が膨らむことは確実です。その一方で健康寿命を延ばして、働き続ける高齢者が増えれば、社会保障費の拡大を抑制することは可能です。待機児童を減らして女性の就労者が増えれば、経済成長が底上げされ、税収増にもつながるでしょう。
「政治」の項目では、消費税率が引き上げられた後にテレビや冷蔵庫といった大型家電を買い控える動きが出てくる可能性があります。社会的な要因としては「少子化」があげられるでしょう。塾・予備校などの教育産業の市場規模は縮小するとみられていますが、「1人の子どもに手厚い教育費をかけよう」と考えている層を取り込む好機かもしれません。
5フォース分析とは?
米ハーバード・ビジネススクールのマイケル・E・ポーター教授が提唱したフレームワークツールで、ある業界の特徴や収益構造の分析を目的としています。フォースは「脅威」という意味で、ポーター教授は企業の競争要因(脅威)を以下の5つに分類しました。
(1)既存同業者との敵対 ― 同じ業界内で他社との敵対が1つの脅威で、同業者が多く存在している業界や差別化しにくい業界では競争が激しくなるでしょう。
(2)新規参入企業の脅威 ― 自社が存在している業界に新規企業が参入してくると、シェアが奪われてしまいます。
(3)代替品の脅威 ― 自社製品よりも低価格で高品質の商品が登場すると、企業の収益性が低下する可能性があります。
(4)売り手の交渉力 ― 売り手(サプライヤー)の交渉力が強い場合、自社が負担するコストが高くなってしまいます。
(5)買い手の交渉力 ― 自社の製品の買い手(顧客)の交渉力が強い場合、自社の売り上げや利益を圧迫する可能性があるでしょう。
この5フォース分析を通じて、経営者が効果的な戦略を打ち出す際に、自社の機会や脅威を明確にすることができるわけです。
外部環境分析を効率化する
我々ビジネスリサーチグループは、経営戦略、事業戦略を立案するビジネスパーソンが、付加価値を生むための考察・意思決定で力を発揮していただけるよう、PESTや5フォースなどの外部環境分析やバリューチェーンなどの内部環境分析に必要な情報を網羅的にわかりやすく、信頼のバックデータとともに「日経 業界分析レポート」としてお届けしています。
また、次のビジネストレンドを先取りする情報を「日経 Bizトレンド」として日経バリューサーチの中でご提供しています。我々ビジネスリサーチグループは、今後も日本のビジネスの意思決定の基礎となる情報を中正公平にお届けしていきたいと思います。